会社紹介のメニュー

代 表: 山本 充彦 MITSUHIKO YAMAMOTO 一級建築士

所 属: 建築学会・建築士会

 

1961年 和歌山生まれ

1985年 広島大学建築学科卒 ・ 木村設計入所

1987年 坂倉建築研究所 東京事務所入所

2001年 エー・アール・ネット設立 代表取締役

2004年 NPO法人 シニア居住文化研究所 理事

2008年 NPO法人 リスク・マネジメント推進会議 理事、

       紀友会事務局長、

       中小企業家同友会 幹事

2010年~2012年

       埼玉医科大学 リハビリテーション科研究生

2011年 社団法人 リ・ファッション協会 理事

2014年 コミュニティーカフェ セミプロ倶楽部 設立

2015年  公益社団法人 長寿社会文化協会 常務理事

 

 

新しい人のつながりを創造し、
生活の質を高める美しい空間を創造し、
それらを未来に繋ぐことが
私たちの仕事です。

。。。「癒し」と「元気」を与える場の創造。。。

先人たちから引き継がれる知恵を現代の目で再評価し、
人と環境が共生する美しい場所へと昇華する。

鳥の目で街を見て、
虫の目で生活を感じて、
魚の目で社会の流れを捉えて、

多くの人たちと共に知恵を共有しながら。。。

エー・アール・ネット代表取締役 山本充彦

(生い立ち) 

<幼稚園・小学校>

・和歌山の寺子屋にて書道に目覚め、10年間、競書会出展入賞数回するも才能の無さに気づく。

・ピアノを習うもすぐに飽きて剣道修行に転身。

・夏休みの工作課題で発明賞を頂き表彰され、将来はエジソンになろうと志す。

・大工の叔父に自宅を造ってもらい弟子入り。

カンナがけ、のこさばきを教わり、将来はエジソン的宮大工になろうと志す。

祖父も大工というモノづくり家系だったことが影響してか、落書きはいつも建築だったらしい。

 

<中学校>

・飽きずに剣道部活を続ける。

 

 <高校>

・ブラスバンド部でクラリネットの音色にはまる。

 

<大学>

・グリークラブで男性合唱の迫力にはまりテクニカルコンダクターを務める。全国大会3位にて涙を呑む。小澤征爾氏の指揮で唄った第九は一生の思い出。

・アトリエ「林・山田・中原設計同人」「安藤忠雄建築研究所」、組織事務所「中電技術コンサルタント」にてアルバイトを重ね設計事務所が合っていると確信。

・卒業設計で首席、建築設計の道に進む決心がつく。

 

<社会人>

・大学の恩師の設計事務所、木村設計にてホテル・ベーカリ店舗・共同住宅の設計を経験。

・退職してヨーロッパ建築放浪一人旅に出る。

・帰国後、建設会社「大林組設計部」、中小ハウスメーカーにてアルバイトを重ね設計事務所と異なる視点を得る。

・単身上京し、憧れの世界的建築家ル・コルビジェの愛弟子、坂倉準三氏の設計事務所「坂倉建築研究所」の門を叩き1年間の修行後、入所が認められる。

・設計しながらグリークラブ「メンネルコール」にて活動、全国大会3位にて再び涙を呑む。東芝EMIから男性合唱組曲のCD録音に参加。

・各方面の優れたモノづくりとコトづくりを複合して豊かな住環境を創ろうとの想いで「(有)エーアールネット」を東京・広島・岡山にて設立する。

・社会福祉の師、一番ケ瀬康子氏の指示のもとグループリビングを広めるべく「NPOシニア居住文化研究所」を設立し理事に就任。

・理念を持ち企業活動を継続させることの大切さを「中小企業家同友会」にて学ぶ。

・リスクを正しく理解しマネージメントする勉強会を立ち上げるべく「NPOリスクマネジメント推進会議」を設立し理事に就任。

・今後増えるであろう脳梗塞後のリハビリに最適な住環境を研究すべく「埼玉医科大学大学院リハビリテーション科」研究員として実態調査を行う。

・東日本大震災後、被災建築の調査業務を受注し、長期的維持、安全性の視点から建物を考える目を養う。

・古いものに凝縮された先人の優れた知恵を見直し今に生かそうとの理念のもと「一般社団法人日本リ・ファッション協会」の理事に就任。

・首都東京と地方和歌山が連携することによって新しい価値を再発見し、和歌山を盛り上げようと「紀友会」の事務局長を務め奮闘中。

・一人暮らしをする人々が持続可能な生活を過すためのコミュニティーをセミプロマイスターを起点に創ることができないか公益社団法人長寿社会文化協会(WAC)にてポイントを設立。